2026.2.14〜22に、Gallery Dalstonにて「Meteorology of Tears|泣くことの気象学」を開催します。

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Meteorology of Tears│泣くことの気象学
2026.2.14〜22
13:00〜19:00
Gallery Dalston
〒130-0023 東京都墨田区立川1-11-2
2/16を除き、毎日実験 / パフォーマンス / イベントを開催いたします。
Day1,Day8のみ予約制になっております。

Atomospheric Experiment|Performance
Day 1|02.14
要予約、30分入れ替え制
Day 2|02.15
17:00〜
Day 3|02.16
Open Space Only
Day 4|02.17
17:00〜
Day 5|02.18
17:00〜
Day 6|02.19
17:00〜
Day 7|02.20
17:00〜
Day 8|02.21
Return Experiment / Day 1 Participants Only
Day 9|02.22|Ovservation Report & Closing Event
16:30〜

※ 各回それぞれ異なる実験です
※ Each program is a Different Experiment

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涙が流れるその時に、この世界との摩擦、この世界との関わりの中で感じた痛みのことを思う。けれど、この世界のことは、注視しようとするほどよく分からなくなる。私はどうすればいいのかを考えるための前提が、どこにもないような気分になる。それでも、私の目から流れ落ちる涙だけは、この身体が反応していることを教えてくれる。この涙を観測したときだけは、私の身に確かに何かが起きていることを知らせてくれるように思える。本企画では、泣くことを感情の話へと結びつけるのではなく、出来事と身体のあいだに生じる「気象」として捉えてみる。その現象をパフォーマンスとして立ち上げ、実験と呼んでみる。
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ある朝、わたしは涙を流していた。朝までカラオケで歌ったり、うたた寝をして過ごした後の朝、新宿の喫煙所で。大きなあくびをしながら、昔流行ったラブソングの意味が突然理解できたような気分になり、ずいぶん前に付き合っていた人のことを思い出していた。そのとき手にしていたスマートフォンの画面には、いま大切に思っている人とやり取りしたメッセージが開かれていた。
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ある夜、誰かが涙を流していた。おそらくその人のものであろう住宅の玄関先で。すごく寒い夜だった。わたしは何を言っていいかわからなかったし、言葉を掛ける気分にもなれなかった。ただ、その人の身体が震えていることだけはよくわかった。温かい飲み物を渡し、その場を去った。その人は背中を震わせながら、本に書かれた文字の上に目を滑らせていた。
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観測:渋革まろん
昨年末、宮森から「観測」の依頼をされた。気象の変化を観測するように会期中に起こる変化を観測して欲しいとのことだった。私は批評の立場からパフォーマンスに関わってきたが、そのことと「観測」は何が違うんですかと間の抜けた疑問を抱きつつ、この依頼を引き受ければ私の身体は無色透明でいられなくなるだろうと考えていた。気温、湿度、気圧、風速など複数の要因が絡まり合い、成長した雨雲からはその大気が抱えきれなくなった水分が雨粒として落ちてくる。世界と身体の摩擦がある臨界点を超えたとき、涙は身体を取り巻く無数の関係と環境のゆらぎを宿して流れる。だとするならば、その環境にひとつの様相として織り込まれ、もはや部外者の顔をしていられなくなったまなざしは、どのようなゆらぎのうちでそこに循環する世界の摩擦を観測することになるのだろう?

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デザイン:Asuka Yamashita
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